根菜の日常と非日常

根菜(特に大根)好きな管理人が、田舎に移住して出会う日常と非日常を綴る

F1からグリッドガールが消えても、世界や田舎から女性問題は消えない

どもども、スケ半です。

 

今ではむさ苦しい冴えないおっさんになりましたが、小学生の高学年ぐらいまでは女の子にも間違われるような少年でした。

百貨店でおもちゃを見ていると、「お嬢ちゃん、お人形はむこうよ」と店員さんに声を掛けられたり。

 

そんな少年が当時から今でも好きだったもの・・・

 

それは『車』

 

昔は地上波でも夜中にやっていた『F1』を眠たい目を擦りながら観るのが、子どもながらに好きでした。

 

そんなF1の『グリッドガール』が廃止になるそうです。

 

グリッドガール廃止から見る移住先の女性蔑視

F1という世界最高峰のスポーツを支えるグリッドガール

そもそもF1とは

 F1というのは、モータースポーツ界の最高峰とも称され、年間20戦ほどを世界各国で戦い抜き、最終戦を終えた後のポイントリーダーがワールドチャンピオンとなります。またドライバーだけではなく、チーム戦もあり『コンストラクターズ』と呼ばれ、これもポイント形式となっています。

 

どのチームもドライバーも最速を目指して一年を戦い抜きます。

 

ちなみに、世界三大レースと呼ばれるものがあり、

ル・マン24時間耐久』『インディ500』『F1モナコGP』がそれにあたります。

佐藤琢磨選手が日本人初のインディ500制覇で昨年は盛り上がりましたね。

これは本当にすごいことです。

 

佐藤琢磨選手もインディ(アメリカ版F1のようなもの)に移籍する前は、F1に参戦していました。

アグレッシブな走りが魅力的で、果敢に順位を上げようとする姿勢は見ていてハラハラドキドキするものでした。あの有名なミハエル・シューマッハに突っ込んでクラッシュし、頭をはたかれた様子が世界に流れたこともあります。

 

世界最高峰のモータースポーツに陰り

そんなF1も最近の人気には陰りがあります。

日本では、『日本人選手が乗っていない・地上波がない』という点が大きく、エンジンを供給しているHONDAも低迷しているということが一因していると思います。

 

しかし、世界的に観てもF1離れは加速していて、『チケットの高騰・ヨーロッパ軽視・放映権料の高騰・エンジン弱体化・ルールの複雑さ・一強』などさまざまな要因で動員数が減っています。

 

F1に変革をもたらす新たなオーナーの決断

そこでF1は昨年から長きに渡ってF1を統括していたバーニー・エクレストンというお爺ちゃんからオーナーが変更され、リバティメディアという新しいオーナーがF1に変革をもたらしました。

 

その変革の多くは、F1に新しい風を呼ぶことになり、今までになかった素晴らしい見せ方、つまりは『ファンサービス』のようなものも活性化され、概ね評判も良好でした。

 

しかし今年に入ってリバティメディアは突然大きな決断を行い、世界を驚かせました。

 

 

 

 

 

 

 

グリッドガール』の廃止

 

 

 

 

 

そして、

代わりに『グリッドキッズ』の導入を決めたというのです。

 

 

 

グリッドガールというのは、日本で言うところのいわゆるレースクイーンのようなものです。

レースクイーン和製英語で正式名称ではありません。

ぜひググってみてください。世界の美しい女性が各国の衣装を纏った姿を見ることができます。

 

なぜグリッドガールは廃止されるのか

なぜ、今回グリッドガールが廃止されることになったのか。

リバティメディアの見解はこうでした。

 

この習慣がブランド価値に共鳴するものではなく、現代の社会規範とはまったく矛盾していると感じている

 

つまり、グリッドガールの慣習は世に言う

『女性蔑視』『女性差別

という観点に当てはまる、ということもの。

 

そして、グリッドキッズを導入する目的は、

これは子どもたちにとって特別な瞬間になるはずだ。彼らはヒーローのそばに立ち、モータースポーツのエリートたちが進める準備を見る貴重な数分間を体験できるはずだ。

彼ら自身がいつかその場にいられるように、ドライビングやトレーニング、習熟を続けるインスピレーションになるだろう

と述べている。

 

これを聞いて、いささか疑問を感じるのは古い人間だからなのだろうか。

 

グリッドガールの役割とは

そもそも、グリッドガールの役割とは何だろうか。

 

『水着を着てパラソルを持ち、

マシンの横に立って

カメラにポーズを決めて投げキスをする』

 

今でも、それだけが役割だと思っているモータースポーツファンは少ないのではないか。

 

特にF1のグリッドガールは、厳しい選考を勝ち抜き、国際放送に国を背負って出演する。

最近は水着というよりも、その国のカラーを反映した衣装になっているし、伝統衣装でグリッドに並ぶ光景もよく見る。

 

また日本のモータースポーツに目を向ければ、レースクイーンは大半がチームに所属するため、ともに戦う仲間でもある。

 

つまり、グリッドガールは『目の肥やし』なんてものではなく、そこに行き着くまでのドラマとさまざまな人の想いを背負って立っているのだ。

 

世界のグリッドガールは今回の決定をどう思っているのか

今回のリバティメディアの決定を受けてSNS上では、さまざまな反応が生まれている。

その中でも、特にグリッドガール本人の反応が今回の問題を分かりやすく表している。

 

 F1のグリッドガールが禁止されるということは、必然的に起きたことだと思う。”女性の権利のために戦っている”という女性たちが言っていることは馬鹿げている。私たちが愛し、誇りに思っている仕事を辞めさせたのだから。”差別や偏見”を無くすという思想は、行き過ぎている

 

私は自分の仕事を愛している。私は尊敬され、そして良い収入も得た。私が働いてきたチームを誇りに思っている。これは誰にとっても正しいことではない。いうまでもなく、”フェミニスト”たちが私たちの仕事を判断した。そして彼ら/彼女らは多くの女性から仕事を奪うことになった。ここで言う平等と権限は、一体どこにあるのでしょう?

 

フェミニストのせいで、私たちの仕事にしわ寄せが及んできた。私は8年間グリッドガールをやってきたけど、不快に感じたことは一度もない。私は、私の仕事を愛している。もしそうじゃなかったら、私はこの仕事をやることはない! 私たちがこの仕事をするっていうことは、私たちが選んだことだ!

 

重要なことは、

 

『やらされていた』

 

わけではなく

 

『選んでやっていた』

 

という点に尽きると思う。

ここで言うフェミニストについては、専門家ではないので口をつぐむ。間違ったことを言えないので。

しかし、彼女たちは少なくとも選んで誇りとしてやってきたことなのに、それを奪われたというのは、本末転倒な気がしてならない。

 

移住先の田舎に蔓延る女性蔑視

移住してから経験した『何気ない一言』

女性蔑視と聞いて、僕はいつも思うことがある。

 

田舎に『若者が夫婦』で移住してきたということで、僕たちはそこそこ話題になった。

僕たちは、そんなに珍しいことなのかと驚いたが、それを好意的に感じていた。これならば、溶け込むのが大変と聞いていた田舎で苦労をしないかもしれない、と。

 

僕らはいくつかの地元の新聞社から取材を受けることになり、同じ話を何度も繰り返すのはあれなので、合同ですることになった。

 

 

田舎暮らしにどんな印象を持っているか、ここの暮らしはどうか、

ここに移住する決め手はなんだったのか・・・

 

 

なんて楽しい質問を受けていると、次第に・・・

 

 

 

 

 

 

今までどこに住んでいたのか、

前やっていた仕事は、馴れ初めは・・・

 

 

 

なんていうかなりスレスレのプライベートを聞かれるようになり、しまいには・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子どもはいるのか(いないこと承知済)、

子どもの予定は、何人ぐらいの予定か、

この田舎で子育てをするのか・・・

 

 

なんていうスレスレどころか完全にアウトな質問を繰り出される。

 

 

 

これを記者に聞かれるのはなかなか堪える。

しかも、夫婦でそろそろいろいろ考えていかないといけないな、と自覚しているから余計に来るものがある。

 

 

 

 

そして、

移住先の田舎の人はこれを悪いことだと思っていない。

 

 

 

市役所の人も市議会議員さんも近所のおじいさんも何の悪気もなしに聞いてくる。

 

 

 

『田舎の人』という括りは良くないかもしれない。

あくまで『移住先の田舎の人』である。

 

 

しかし、僕は名古屋でも滋賀でもこんな経験はしたことがない。

 

女王様はこれについて女性蔑視だと感じたと言っている。

僕もそう感じるし、そもそもモラルに欠けすぎていると思う。

 

 

今後、このようなことがあったら僕は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今後ご予定は?」と聞かれたら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私に疾患がありまして」

と答えようと思う。

 

 

 

 

そうでもしないと自分の質問の重さに気付けないのではないだろうか。

あえて地雷を踏みに行く姿勢に。

 

要所要所に感じる女性蔑視の影

僕の周りだけかもしない。だから、これは狭い認識かもしれないが、ここでは、ときどき要所要所で女性蔑視を感じることがある。

 

 

 

「家のことをやるのがお前の仕事だろ」

 

「稼いできてやってる」

 

「養ってるのだから」

 

「子どもの世話は任せてるから」

 

 

そんな言葉をよく聞く。

なんかあまりいい気がしない。

 

パートさんを雇うときもかなり慎重になる。

 

昔から根強く残るものを新参者は非常に敏感に感じてしまうのだ。

 

まとめ

今ハリウッドとかでもセクハラの問題があったり、『女性』に関して世間はかなり注目していると思う。

グリッドガールの問題も、きっと中には『強要や思っていたことと違うこと』などが隠蔽されていることもあるだろう。

 

しかし、F1のグリッドガールの問題は『行き過ぎた女性問題』に警鐘を鳴らした例だと思う。

 

紳士のスポーツと呼ばれたモータースポーツにもレーサーをはじめとした女性の進出が目立つようになってきた。

 

行き過ぎた女性問題には、このように生き抜いて権利をものにした女性をも飲み込んでしまう可能性を孕んでいる。

 

そして、この問題は世界ではなく日本にも根強く残っており、特に田舎のある地域には、真の女性問題がまだ解決されずにいる。

 

 

これを機会に、地方の問題に目が向けられることを期待する。